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中川俊直年表
中川俊直とはどのような人間か?
生誕〜小学生時代
1970(昭和45)年4月25日
父・中川秀直代議士、母・佳津子の次男として生まれる

祖父・俊思,父・秀直とともに。「私にとっては優しい祖父でした」。
1972(昭和47)年
広島県東広島市に転入。

父・秀直と。「みんなのために働く,政治家の父に憧れていました」。

母・佳津子と外遊び。とても元気で健康的な赤ん坊だった。
1973(昭和48)年4月
広島県東広島市西条幼稚園入園

東広島市の西条幼稚園に入園。運動会でのスナップ。

西条幼稚園時代は,鼓笛隊のリーダー! 当時から仲間を率いて活躍。
1977(昭和52)年3月
広島県東広島市西条幼稚園卒園
1977(昭和52)年4月
広島県東広島市西条小学校入学

小学生のころの家族旅行。普段忙しい父と触れ合える貴重な機会だった。
関係者は語る①
西条小学校 担任 渡邊 トミエ先生
中川俊直さん,念願だった衆議院議員初当選おめでとう。
私と俊直さんとの出会いは,俊直さんが西条小学校高学年の頃です。およそ30年も年月が経っているので定かでないところもありますが,当時を思い起こし応援メッセージを送らせていただきます。 当時の俊直さんは,物事にこだわらないおおらかな子どもで,寒い冬の間も半袖,半ズボン,素足で過ごすという芯の強さと(私から見て)やんちゃな面を兼ね備えていました。学業面では,難関の全国読書感想文コンクールで2度も入賞,さらに校内マラソン大会で上位入賞され,私はその光る才能に驚かされたものです。
中川秀直議員のご次男ですから,家にはお友達はもちろんのこと,当時活躍しておられた政財界の方々の訪問者も多く,お茶運びをしたとか,食事を共にしたというお話をよく聞きました。 そのような環境に育ったからでしょうか。小学生の頃から「僕が後をついで政治家になるんだ。」と将来の自分の立場をしっかりと見据えていました。小学校卒業後は東京の中学校へと転校されました。 以来,ご本人との交流は途絶えましたが,折にふれお母様から東京での活躍ぶりは伺っていました。
昨年の秋,お母様と久しぶりにお会いしました。その後間もなく衆議院が解散。突然の中川秀直議員の引退表明。選挙にあたって世襲云々が大きく取り上げられていた時期でもありました。 小学生の頃から政治に対する一途な思いを胸に秘め,ずっと突き進んできた俊直さん。どのように動かれるのか心配していましたが,ご自分の信念を堂々と主張し立候補を表明、選挙活動に臨んでいかれました。 30年という歳月は俊直さんを大きく大きく成長させていました。悦子夫人とともに戦っている姿を見て私は涙が出そうでした。 俊直さん,多くの方に支えられて議席を獲得したことを忘れないでください。一票一票にはいろいろな願いや思いが込められているのです。 地元の願いを国政へ。今,国内外には多くの課題があります。健康には充分気を配って信念を持って,課題解決のために働いてください。直心会のご発展を祈念いたします。

西条小学校の制服を着て(左端)。当時は,少しぽっちゃりしていたそう。右端が恩師・渡邉トミエ先生

小学生時代は,夏になると海水浴場へ(右側)。左側は当時の親友

当時,12歳。クラスメイトとともに心を躍らせながら修学旅行へ(手前)

東広島市西条小学校時代。大勢の仲間に囲まれて(右から2番目)。
「生誕〜小校生時代」の年表をを閉じる
中学生〜高校生時代
1983(昭和58)年3月
広島県東広島市西条小学校卒業
1983(昭和58)年4月
東京都港区青山中学校入学

東京都港区立青山中学へ入学。部活は陸上部,毎日走り込んでいた。

中学生時代は,陸上競技に熱中! 応援に来てくれた母・佳津子と。

中学生のころは,陸上3000mで東京都大会5位になったことも。
関係者は語る②
青山中学校 担任 椋 晴男先生
いよいよ,お父様のあとを継ぐことになりましたね。
ご両親は,さぞお喜びのことと存じ上げます。私も本当に嬉しい気持ちでいっぱいです。
中川君が,港区立青山中学校へ入学してくるのと同時に,私は他区より転勤で同中学校へ。私は,中川君の学年を担当することになり,さらに中川君が入部した陸上部の顧問を務めることになりました。この出会いが,人生で忘れられない付き合いの始まりとなりました。当時の私は都中体連の陸上競技記録委員長。その関係で,都の陸上競技の会議が青山中学校で行われることになり,中川君を含めた陸上部のメンバーは都中体連から注目され始めるようになりました。陸上部メンバーの山口君が,全国大会へ出場した時は,練習が一段と厳しくなりましたが,そのリード役として,中川君は本当によく頑張ってくれました。中川君自身も力をつけ,都の強化選手に選抜され,3年時の都大会(支部対抗)では,3000mで上位入賞を果たしましたね。そして,チーム全員で力を合わせて駅伝の全国大会を目指し努力しました。中川君は,部内のムードを盛り上げ,辛い練習にもついてきて頑張ってくれました。当時の経験が今の中川君の精神に大きく影響していると思っています。また,中川君が3年生のとき,私は彼の学級担任となりました。中川君は,本当によく私の指示を理解してくれました。 当時,私は,次のことをよく言っていました。
『継続は力なり』
『為せば成る  為さねば成らぬ何事も  為さぬは己の勇きなり』
この二つの言葉を常に頭に置き,目標を持ち,努力することの大切さ,素晴らしさ,頑張った自分に自信を持って行動することの大切さを伝えてきました。その力を中川君は身につけています。是非頑張って下さい。 彼が尊敬するご両親,ご家庭の素晴らしさが彼をここまで育ててくれたのだと思います。本当におめでとう! 頑張って下さい! 応援しています!
1986(昭和61)年3月
東京都港区青山中学校卒業
1986(昭和61)年4月
日本大学鶴ヶ丘高等学校入学

日本大学鶴ヶ丘高校生だったころ。修学旅行で九州一周へ(左側)。

高校時代。中学に引き続き陸上競技に取り組みながら勉学にも励んだ。

17歳のころ,両親と北海道・屈斜路湖へ旅行に。雄大な自然に感激!
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大学生〜2012年(初出馬)
1989(平成元)年3月
日本大学鶴ヶ丘高等学校卒業
1989(平成元)年4月
日本大学文理学部社会科入学
1993(平成5)年3月
日本大学文理学部社会科卒業
1993(平成5)年4月
株式会社テレビ東京入社
・スポーツ局記者・ディレクターとして,Jリーグや大相撲等を担当。
・報道局政治記者,野党クラブキャップ。官邸,自民党を担当。

父と同じ記者の道を選択,テレビ東京へ入社。主に政治取材を担当した。

今でも記者時代の仲間たちとの付き合いがあります。政治記者時代,ジャーナリスト仲間とともに。

政治記者時代,橋本龍太郎首相のサウディ・アラビア外遊に同行(政府専用機)。
2000(平成12)年
テレビ東京政治部記者として,UNCTAD総会出席(タイ・バンコク)に出席する小渕恵三首相を取材。

小渕恵三総理が出席したUNCTAD総会(タイ・バンコク)を取材した。(政府専用機))。

テレビ東京政治記者時代の仕事風景。小沢一郎氏に取材を行い,新進党結党,解党をウォッチ。
2001(平成13)年
株式会社テレビ東京依願退職。中川秀直代議士の秘書として勤務。

秘書として,秀直や秘書仲間と多くの時間を過ごした議員会館にて。

東京テレビ記者退職後は,父・秀直の秘書を12年間つとめた(右端)。

父・秀直を囲むパーティーで,司会を担当することもあった。

秘書時代の1枚。父・秀直ほか後援会の皆さんとの食事風景。

秘書時代。政治家の仕事を肌で学びながら多くのことを吸収した。

中川秀直代議士とともに。秘書としての仕事に全力を尽くしていたころ。

地元・東広島で荒廃した農地の再生プロジェクトを企画,実行した。
2007(平成19)年
精神対話士の資格を取得。

平成24年5月,精神対話士として,東日本大震災の被災地を訪問。

精神対話士として,被災者の方のお話を傾聴するボランティアを行った。

あいさつ回りは,皆様の声を直接聞かせていただける貴重な時間。

趣味の1つ富士登山にて。「登山も俊敏,駆け上るように頂上へ!」。

富士山の澄んだ空気と壮大な自然に抱かれてパワーチャージ完了!。
2009(平成21)年
東広島青年会議所社会開発委員会委員長として「OMOIYARI農村再生プロジェクトIN東広島」を実施する。
2010(平成22)年
早稲田大学社会工学システム研究所客員研究員に就任。指導精神対話士に昇格(当時,全国で20人)。
関係者は語る③
財団法人メンタルケア協会 会長 / 北里大学名誉教授・元理事長・学長 佐藤 登志郎先生
中川俊直先生,この度の衆議院議員選挙でのご当選,誠におめでとうございます。祖父君の故俊思氏,ご尊父秀直氏の映えある血脈と実績を受け継ぐ三世議員として,また叡智と行動力みなぎる青年代議士として,地元はもとよりわが国の未来を双肩に担う日本男児に,洋々たる前途が待ち受けていることを確信するものであります。
先生は,平成18年に財団法人メンタルケア協会の精神対話士資格を取得されました。ご母堂中川佳津子さまも同じく精神対話士の有資格者でおられます。そして中川先生は,生来の心の大きさ,やさしさ,高い志に加えて暖かで豊かな人間性を培われ,人々のお役に立ちたいとの思いをもち,精神対話士としての活動を続けておられます。東日本大震災直後には,率先して宮城県浦戸諸島の被災者の元に駆けつけられ,被災者の心に寄り添い,励まされ,また被災児には「夢対話」のイベントを通して,夢を持つ大切さを伝える活動などを行ってきておられます。また平成22年には,精神対話士の指導者的立場を担う指導精神対話士の資格も得られました。
中川先生は,心のケアにかかわる各種講演会やセミナーの講師,東日本大震災被災者の皆様への現地における心のケア活動リーダーなどをはじめとして,ご多忙の中縦横無尽の活躍をされ,私どもの協会に多大な貢献をいただいております。
一方,現在日本精神対話学会会長の重責も担われておられます。この学会は,メンタルケア協会の支援のもと,精神対話士の活動の原点を追求して理論構築を行い,社会貢献を目指すことを目的とします。先生は,学会の進むべき方向性を確かな眼で見据えて学会をけん引され,目的達成に向けて領導し,全国の会員を一つにまとめ発展に力を尽くしておられます。
このように協会にとりましても学会にとりましても,かけがえのない中川先生であります。今後は益々公務ご多忙が予想されますが,先生におかれてはご自愛に努められるようお願いをし,今後のなお一層のご活躍ならびにご一統のご健勝,ご発展をお祈り申しあげます。
2011(平成23)年
11月29日,東彼東彼杵街彼杵宿郷・さざなみ病院職員を対象に,心の病予防講演会を開催。
2012(平成24)年
第46回衆議院議員総選挙出馬。初当選。

自民党公認,衆議院議員としての出馬が決定。安倍晋三総裁とともに。

広島県庁で衆議院議員当選証書授与式が行われた。「身が引き締まります」
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2013(初当選)〜2014年(1期目)
2013(平成25)年
厚生労働委員会委員,東日本大震災復興対策特別委員会委員,党国際局次長,青年局次長,ネットメディア局次長に就任
2013(平成25)年 2月
総理に直接要望し、熊野筆が閣議の筆に採用していただく。
2013(平成25)年 3月
指導精神対話士として「夢対話」を開催。

精神対話士として, 福島県の被災者が避難されております江東区東雲住宅にて。
2013(平成25)年 3月
厚生労働委員会で、初質問に立つ。
2013(平成25)年4月
ネットメディア局次長として東京オリンピック招致活動の応援を開始。
2013(平成25)年 6月
東日本復興特別委員や青年局TEAM-11として宮城県や福島県を視察する等、復興活動を開始。

2013(平成25)年7月
党ネットテレビ、2020年東京オリンピック招致番組にて小泉進次郎先生と対談。
2013(平成25)年 8月
二度目の富士登山。
2013(平成25)年 9月
自民党1回生議員団団長として中国に訪問。
2013(平成25)年 10月
国会議員として初めてとなる、靖国神社秋季例大祭にて参拝。
2013(平成25)年
党・IT戦略特命委員会事務局次長・中小企業・小規模事業者政策調査会会長補佐に就任。
2013(平成25)年 11月
広島ベイハーフマラソン(坂町)に出場 1時間36分で完走。
2013(平成25)年 12月
ヘルス&コミュニティ議員連盟を設立し、事務局長に就任。
2014(平成26)年 1月
環境省犬猫殺処分ゼロに向けてのプロジェクトチームのメンバーに就任。
2014(平成26)年 2月
東広島新春駅伝大会に出場。
2014(平成26)年 2月
自民党を代表して東京マラソンに出場。4時間30分台で完走。
2014(平成26)年 2月
東広島ロードレース大会に出場。
2014(平成26)年 3月
熊野黒瀬トンネル開通記念マラソンに出場。
2014(平成26)年 3月
先頭に立って取り組んだ「水循環基本法」が成立。
2014(平成26)年 6月
環境省犬猫殺処分ゼロをめざしたプロジェクトメンバーでまとめた行動計画の発表。
2014(平成26)年 6月
超党派次世代の社会保障を構想する議員連盟を設立し、事務局長に就任。
2014(平成26)年 6月
国際局メンバーで韓国に訪問。
2014(平成26)年 6月
国会、ペーパレス化に向けての提案を衆議院議長に提出。
2014(平成26)年 8月
三度目の富士登山。
2014(平成26)年 8月
戦没者遺族慰霊祭に参列、靖国神社参拝。
2014(平成26)年 8月
広島安佐南区豪雨土砂災害、安倍総理現地視察に同行。
2014(平成26)年 8月
広島市安佐南区豪雨土砂災害、募金活動。
2014(平成26)年 9月
自民党1回生議員団団長として中国に二度目の訪問。
2014(平成26)年 9月
自民党1回生議員団で台湾に訪問。
2014(平成26)年 10月
自民党厚生労働副部会長、内閣副部会長に就任。
2014(平成26)年 11月
衆議院解散。

2014(平成26)年 12月
衆議院総選挙、二期目の当選。
2013(初当選)〜2014年(1期目)を閉じる
2015年
2015(平成27)年 1月
自民党財政再建に関する特命委員会メンバーに就任。
2015(平成27)年
超党派犬猫殺処分ゼロを目指す動物愛護議員連盟を設立。事務次長に就任。
2015(平成27)年 1月
科学技術イノベーション推進特別委員会委員に就任。
2015(平成27)年 1月
無駄撲滅PTメンバーに就任。
2015(平成27)年 3月
党・国際政治コンテストの司会進行。
2015(平成27)年 4月
健康長寿社会形成基本法法案提出に向けて谷垣幹事長に説明。
2015(平成27)年 6月
健康長寿形成基本法が党総務会で承認される。
2015(平成27)年 7月
健康長寿形成基本法を維新の党や他党に説明。
2015(平成27)年 7月
国会改革を衆議院大島議長に訴える。
2015(平成27)年 7月
内閣委員会委員に就任。
2015(平成27)年 8月
アゼルバイジャン共和国のハサノフ副首相と会談。
2015(平成27)年 8月
健康長寿社会形成基本法で厚生労働委員会の質問に立つ。
2015(平成27)年 8月
原爆記念式典に参列。
2015(平成27)年 8月
全国戦没者慰霊祭に参列。
2015(平成27)年 8月
靖国神社を参拝。
2015(平成27)年 8月
下村大臣、平地方創生担当副大臣を熊野町に招く。
2015(平成27)年 8月
地方創生シンポジウムのパネリストとして。
2015(平成27)年 9月
ベトナム最高指導者・チョン書記長と迎賓館で会談。
2015(平成27)年 10月
3回目となる訪中へ。
ゼン中国共産党厦門市委員会常務委員と会談。
李源潮国家副主席と北京で会談。
厦門市自由貿易試験区の視察。
2015(平成27)年 11月
経済産業部会副部会長に就任。
2015(平成27)年 11月
2015年11月 青年局青年部長に就任。
2015を閉じる
2016年
2016年2月
茨城県常総市の豪雨災害の被災地の復旧状況を視察
2016年2月
自民党青年局TEAM-11(チームイレブン)の視察で被災地宮城県へ
2016年3月
自民党本部前で東日本大震災復興募金活動
2016年3月
党国土交通・内閣合同部会で水循環白書の骨子が示される
2016年3月
倫理選挙特別委員会
2016年4月
熊本大地震義援金活動
2016年4月
党ため池小委員会
2016年4月
北海道5区補選応援弁士
2016年5月
アメリカ大使館でケネディ大使との朝食会
2016年5月
性的指向・性自認に関する特命委員会で官邸に申し入れ
2016年6月
参議院選挙応援遊説
2016年7月
参議院議員通常選挙
2016年7月
党国際局メンバーと韓国訪問
2016年8月
経済産業大臣政務官に就任
2016年8月
広島豪雨災害犠牲者追悼式
2016年8月
産業構造審議会に出席
2016年8月
総理官邸での大臣政務官会合
2016年8月6日
平和祈念式典
2016年8月15日
靖国神社参拝
2016年9月
4度目となる訪中。人民大会堂での陳元(チンゲン)副首席との会談
2016年9月
ASEAN+3のエネルギー大臣会合
2016年9月
熊本大地震被災地視察の後、熊本市長と意見交換
2016年9月
経済団体連合会との意見交換会
2016年10月
ノルウェー主催WTO非公式閣僚会合に出席
2016年10月
健康スポーツを全国の地域コミュニティで実施できる環境整備プロジェクトチーム
2016年10月
参議院内閣委員会での答弁
2016年10月
日フィリピン首脳会談に出席
2016年11月
第45回ベストドレッサー賞の表彰式に来賓
2016年11月
衆議院経済産業委員会で答弁に立つ
2016年11月
和装・着物文化の振興
2016年12月
新たに『安全な自動車の車体を確保する議員連盟』を設立
2016年12月
第1回2025年大阪国際博覧会検討会
2016年12月
福島第一原子力発電所への視察
To be continued...
衆議院議員
〒739-0012 広島県東広島市西条朝日町11-27
TEL:082-421-1728 FAX:082-423-5779
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